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2017年に娘が進学のため一人暮らしを始めてから、母はヨガインストラクターの学校に通っています。ヨガと筋肉の話ばかり書いているこの頃。。最近は腫瘍内科医の仕事とのバランスが(^_^;)
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金曜の夜は、かいけママが英会話に出かけて留守にしてしまうので、
たいていかいけパパとかいけでご飯を調達してきます。
いつもお世話になっていたのは、いわゆる「中食」です。
英語で言うと"To Go"です。Japanglishで言うところの「テイクアウト」です。
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かいけパパとかいけが良く買ってきていたのは、安くておいしいFish & Chips(イギリス料理)、
Spaghetti with meatballs(イタリア料理)、KFC(アメリカのジャンクフード)、
そしてこれ、中華です。中華が栄養的には一番優れものですね。
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今日は海老チャーハン、スパイシーな焼きそば(お米の麺)、
鶏肉とカシューナッツいため、牛肉と野菜いため。
これだけ買ったもお値段は20ドルくらいかな。
野菜も沢山食べられてうれしいです。

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バスルームで、お世話になったものを探してきました。
最初の頃、安いシャンプーで頭の皮が剥けてからは、ちょっと高くてもこれです。
水が合わないのか、乾燥のせいなのか、こちらに来てから髪がごわごわしやすいので、
Doveのヘアクリームも愛用しています。
この大きさはCostcoで購入できます。
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日本からお肌に合う基礎化粧品を持ってきたのですが、
最初に無くなってしまったのは、クレンジング。それ以降こちらを愛用。
ウォルマで買ってました。おっきいやつの方がお徳感あったので。
ちなみに洗顔フォームはこれまた顔が荒れるので、石鹸使ってました。
ニュートロジーナの固形石鹸。安くって大すき♪日本の洗顔石鹸って、
高いけど、ニュートロジーナの石鹸は数ドルで買えました。
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日差しの強いアメリカ、お外に行くにはこれは必需品です。
左が子供用、右が大人用です。
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ちなみに歯磨き粉は色々試した結果、AquafreshのExtreme Cleanが
家族の一致したお気に入り。すっきり感が良いです。
案外と苦労したのが、整理用ナプキン。かぶれてかぶれて困りました。
で、これはまあ大丈夫だったのが、Alwaysです。

我が家のバスルーム事情でした。

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我が家の食生活の救世主。Smoked Salmon。
いつもお世話になっているHさん御一家からのお勧めで、初めて食べた時の感動!
お刺身みたいにして食べたら、普段おいしいお魚など食べられないここオハイオでは
感涙物のおいしさでした。巻き寿司、手巻き寿司、散らし寿司、酢の物と大活躍。
1パウンドで大体10ドル。非常にお手ごろなお値段です。

このサーモンなしではオハイオの厳しい食生活は乗り切れなかった!

こちらはCostcoでお求めになれます。
おっと、Costcoに行ったら、キッコーマン醤油の大きなボトルも御一緒に!

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アメリカ生活で一番お世話になった物。多分これです。
Maruchan Ramen!

Wikipediaによると19種類のフレーバーがあるそうです。
(Chicken, Roast Chicken, Cajun Chicken, Creamy Chicken,
Creamy Pesto, Curry Chicken, Chicken Mushroom,
Hot & Spicy Chicken Picante, Beef, Roast Beef,
Shrimp, Pork, Oriental, Vegetable, Chili, Lime,
 "Limon" Chili-Habenero with Shrimp, Mushroom, Cheddar Cheese )
私の好きなのは、Chili
かいけパパは、Oriental
かいけはRoast Chicken

一番安いお店or安売りの時買いだめします。お値段は大体1個11-12セント。
3年間に一体どれだけ食べたかな。一人100個は食べたかな。

ありささんのリクエストで、買ったお店ですが、マークスがいつも安いです。
6個入りの袋で66セント。いつも箱で買っていました。
時々ハイネンスで8個1ドルセールしています。この時に色々な味を買って試してます。
トップスがあった時は、種類が豊富でよかったのですが・・・。
どなたかジャイアントイーグルの情報教えてください。

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さて、シリーズ第10回。これで終わりにします。最後は仕事です。

アメリカ滞在が決まって、まず最初にしたこと、これが職探しです。
とても運良く日本国内にいるうちに、メールだけで仕事が決まって、
アメリカに来てから程なく仕事を始めることが出来ました。

最初のセットアップの時期、少しの期間ですが、家にいて思ったのは、
「このままでは鬱になる」ということです。カルチャーショック・時差ぼけ・ホームシック等の
要因もあったし、「家にいる」こと自体がストレスでした。
残念ながら、手芸も料理もおしゃれも子育ても(おいおい)全く興味がないし、芸能情報も
人のうわさも疎い私としては、他の方とお会いしても、話題に付いてゆけません。
人と会ってもどんどん落ち込むだけです。この期間はしんどかったです。

仕事に出かけることが出来るとなって、ほっとしました。
しかし、最初はこれもなかなか様子がわからず、慣れるまでは結構辛かったです。

でも、だんだんと周囲の様子が見えてきて、どこに何があるか、誰に聞けばいいか
わかってきてからは、大分歩き回りやすくなってきました。
好きなだけ試薬を使えるし、図書館が整備されていて大概の文献は手に入るし、
雑用は他の人がやってくれるので、本当に必要なことだけすれば良いし、
それぞれの専門家がいて、そこに行って質問すると大概の知識も手に入るし、
環境は日本の研究所よりも優れていることがわかってきました。

同僚はいつも書いている通りですが、ボスもこれまた一筋縄で行かない人で、
超放任主義・成果至上主義。ラボミーティングも、抄読会もなし。ボスとのディスカションも
こちらが持ち掛けないと向こうからは全く来ないという徹底振り。ところが、突然
あることが知りたくなると「今すぐ」結果を知りたいらしく、鬼のように大量の
仕事を依頼してくるという訳分からない状態です。ただ、このボスから学んだことは、
「ネガティブな結果からも、ポジティブな結論を考え出し、次に進む糧にする」という事です。
解釈しだいで、同じデータは全く違う意味を成します。これはその研究者の力量と
知識と独創性にかかっています。この意味で私のボスは素晴らしいです。

そして、私にとって大きな挑戦となったのは、プレゼンテーションです。
緊張しまくりました。超放任主義のボスはリハーサルどころかプレゼンの内容のチェックも
全くしてくれません。「君ならできるよ。」といってまっるっきりお任せしてくれました。
お任せされてしまった私。いや~、正直逃げ出したかったです。
しかし、下手な英語でも、内容が面白いとみんな聞いてくれるということが分かってからは、
「私がみんなを教えるんだ。私がいわば先生なんだ。」と開き直って、教えることを楽しむ
という考え方に切り替えました。何語であっても、この基本は変わらないと思います。
話すほうが楽しむ。プレゼンすることを楽しむ。すっごく良い体験で、勉強になりました。

後一月とちょっと。最後の大掛かりな実験が動き始めました。これでよい結果が出ると
私のアメリカでのプロフェッショナルライフというやつも、満足して終わることが出来ると思います。
結果は作り出すことが出来ず、神様しか知りませんが、良い結果が出るようにお祈りするだけです。
結果はまだ分かりませんが、働いて、本当に良い経験になりました。
どこの馬の骨とも分からない私を雇ってくれたボス、いつも支えてくれた同僚に
感謝の気持ちでいっぱいです。あ~、でも、良い結果、欲しいです。

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閑話休題。忘れられない出来事その9は再会です。

3年の間に幾組みかのゲストをお迎えしました。まずちいばあば・ちばじいじ。
ちばじいじにとってはパスポートを取得しての初めての海外。
なかなか両親にとっては思い切った旅行だったと思います。お疲れ様でした。

次にお迎えしたのが私にとってはテニス部の先輩、かいけパパにとっては
医局の先輩であるNさん。この方に再会した時は、やけに「縁」というものを考えました。
Nさんに初めてお会いした十何年前、こんなことは全く想像もできませんでした。

三組目が不思議なご縁の友人おくめちゃん。
ある場面・ある時代に何人かお友達になって、普通は数年で音信不通になるところを、
数々の出来事・引越しを乗り越えて、未だにご縁が途絶えていないというのは、
これもまたご縁なのでしょう。

社交的とは程遠い私、沢山お友達を作るタイプではありません。
だからこそ、ここアメリカで知り合った御友達、日本に帰ってからも
ずっと大切に思って行きたいと思います。
アメリカでのお友達と日本で再会するかも、と思うと楽しみです。

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これはどちらかというと、忘れたい出来事です。ロッカーが無い事件

ママのつぶやき・2005年に以前書いたのですが、アフタースクール(民間施設)での出来事です。
ある日のこと、アフタースクールで使っていたかいけのロッカーの名札が、
他の子の名前に変わっていました。そして、かいけのロッカーが無い!

結果から言うとアフタースクールのオフィスの連絡ミスと確認ミスで
かいけが登録から削除されてしまったのです。しかし、我々に初めてのことで、
以前と比較することが出来ないから、書類が届かないのが異常だとわからなかったのです。
登録が削除されていることが判明したのが、学校の始まる2日前。茫然自失・・・

しかし、他に追い討ちをかけるようにショックだったのは、
「何とかかいけを再登録できないか?」
という問いに、オフィスの一番偉い人が
「○○人(アフリカ系)の人が登録してるけど、この子供を来なくできるからスペースできるよ。」
つまり、支払いがきちんとしている日本人は○○人よりも良いお客なのだということだと思う。
でも、それをオフィス側で操作しているというのはなんとも露骨。。。
かいけも実は、オフィスの故意によるミスで削除されたのでは???などと勘ぐってしまう。
いや、それはいくらなんでも被害妄想。。。

当時、かいけ本人に今までの所に再登録するか、新しい所に変わるかの意見を聞いた所、
本人が「もう前の所は行きたくない。」とはっきり意思表示をしたので、
別のアフタースクールを探し、移動した。この間二日間。非常にあせった。
最終的には他のアフタースクールに変えて、かいけは沢山お友達が出来たし、
ロッカーが無いことのショックなど思い出すことなく楽しく放課後を過ごしている。
私も安心して預けることが出来てほっとしている。
なかなかアメリカも難しい所だと思った事件でした。

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仕事を初めてすぐの頃。まだ右も左もわからず、わからないことを秘書さんに聞きに行くと
「今は忙しいからラボの同僚に聞いて。」、
で、ラボマネージャーに聞くと
「今は忙しいから秘書さんに聞いて。」。
てな具合で誰も聞いたことに答えてくれません。
今だったら、「じゃあ何時ならいいの?」と約束を取り付けてまた聞きに行くんですが、
まだ仕事を始めたばかりの頃は「一体どうしたらいいの???」と落ち込んで、途方に暮れていました。
なので、周囲の人の様子が分かり、身動きが取れるまでには相当時間がかかりました。

そんな仕事を始めた直後に受けた洗礼、MJ対決・第一戦。これは忘れられません。

仕事を始めた頃研究室には、超放任主義のボスの下、
姐御であるラボマネージャーのM(中国人)、超傲慢おばさんJ(中国人)、
その他私を入れて合計6人居りました。で、一人一人のインキュベーターの棚が決まっていて、
何故かJが丸々一つを占拠。Mと別の一人で半分ずつ。私ともう一人で半分ずつでした。
しかし、私のインキュベーターとクリーンベンチが離れていたため、
クリーンベンチの作業中、一時的に便利の良いJの棚に置かせてもらいました。
その間10分くらい。

しかし、Jはこういうことには目を光らせていて、すぐに私の細胞培養容器を見つけ、
何故か私ではなくMに文句を言い始めたのです。
中国語なので、何を言っているかわかりませんが、インキュベーターを指して
私の名前を言っているので私の培養容器のことでJがMに苦情を言っているようです。
とっても攻撃的なJですが、Mも全く負けていません。中国語で、早口で、
大声ですごい攻防が続きます。表情もすさまじいし、口角泡を飛ばし中国語で
もはや喧嘩状態。いや~、どうやら原因が私らしいので生きた心地がしませんでした。
最終的にはJに「お願いだから直接私に話してね。」と頼むことで英語での会話に
なり、何とかこの時はおさまりました。

後でだんだんわかったのですが、Jは非常に攻撃的で、尊大な態度を取り、人を非難してばかり。
ラボワークの知識がないのに人の忠告は決して聞かない人。
そしてMは気が強く、負けず嫌い、でもちゃんと話すととってもまともな人。
責任感・正義感が強く、常に新しいことに敏感。ゴーイングマイウェイだけど悪気は無い。

この二人の対決はその後丸々2年と半分近くお付き合いすることになりました。
MがJの危険な行動をレポートしたり、ボスにJの悪いところを指摘した直訴状を提出したり、
遂には警察を呼んでしまったり、ボスを巻き込んでのにらみ合い・ののしりあい、と、
いろいろと有りました。でも、第一回目のMJ対決、これはまだ新人の私にとっては
「一体なんて所に来てしまったんだろう・・・」という恐怖・あせりとともに一生忘れられない思い出です。




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これは完全に私が悪かったのですが、かいけの受難です。

夏休みには丸々3ヶ月学校がお休みになります。そこで最初の年、
かいけを「サマーキャンプ」に入れました。これは通いのキャンプで、
小学生が参加し、いくつかのグループに分かれ、
各グループには高校生のカウンセラーがついて面倒を見てくれます。
最初の年に参加したスポーツキャンプでは、テニス、サッカー、スイミング、野球などなど
さまざまなスポーツを体験したようです。

ある日のこと、サマーキャンプでフィールドトリップに出かけました。
みんなでスクールバスに乗って、その日は野球観戦に。しかし、かいけ、
大事な水筒をバスの中に忘れてしまったのです。炎天下、のどはからからでしたが、
水筒を忘れてしまって水分が取れないことを英語で伝えることが出来ず、
ずっとのどが渇いたのを我慢したそうです。下手をすると熱中症になっていたところでした。

後になって思えば、「お腹がすいた」、「のどが渇いた」、「トイレに行きたい」
「どこどこが痛い」、「気持ちが悪い」などという本当に大切な言葉は、
あらかじめ親がしっかり教えるか、カードに書いて持たせておけば
子供に辛い思いをさせることがなかったと反省しきりでした。
アメリカに来て、一番苦労したのは我々じゃなく子供だったんだろうと思います。
いまやすっかりたくましく成長したかいけ。きっとこれからも
「かわいく強くたくましい」子に育ってくれることでしょう。
この3年間、えらかったね、かいけ。

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これ無しに我々のアメリカ生活は語れません。アパート撤退事件

以前に住んでいたアパートは、メーリングリストで知り合った日本人の方の御紹介で
入居しました。下見にも出かけなかった我々が甘かったと言ってしまえばそれまでなのですが・・・。
(1月下旬に留学が決まり、4月1日から採用ということだったので、下見に出かけてくる時間の余裕は
なかったのです。日本の3月27か28日までお仕事で、3月31日渡米、4月1日から
かいけパパの仕事開始だったので、アパートも渡米前に決めておきたい、という事情もあったのです。)

帰国間際に色々処分したりしなければならないと、どうも自分のことで必死のあまり
相手の立場など頭に入らなくなります。で、御紹介してくださった方は、
最低2年は滞在する我々に、1年で住めなくなるアパートを御紹介してくれたのです。
直接は伺っていませんが、間接的に聞いた話では、紹介者は一年しか住めない事を御存知だったようです。

そんなおっそろしい条件など全く知らされず、夢にも思っていなかった我々。
甘かったです。。。

一年過ぎた頃、なにげに契約更新に出かけると、「部屋を買うか出て行くか」の二者択一を迫られた我々。
どうやら、知らなかったのは我々だけで、以前からアパートをコンドミニアムとして売りに出す計画があったようです。
もちろんアメリカでアパートなぞ買うお金ありません。出て行きますとも。
いや~、たった2週間で新居を探し、引越しを済ませる。冷や汗の2週間でした。
結果的には、引越しして大大大正解!
我々のアメリカ生活は、転居してから数段リラックスでき、楽しくなりました。
良い体験をしました。でも、帰国間際で切羽詰っていても、そんな時こそ人柄が出るぞ~と思い、
できるだけ自分に恥ずかしくない人間でいたいと、そう思っているのであります。

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HN:
かいけママ
性別:
女性
自己紹介:
「かいけのお部屋」管理人のかいけママです。

かいけが大学生になり、淋しいかいけママ。
趣味に熱が入ります。最近は筋トレとストレッチで
体作りにはまってます!

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